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「この壁の向こうが原爆の治療をしている人たちの救護所だったから わたしたち生徒は入ることができなかった。」

長崎市立図書館内にある<救護所メモリアル>で 母が発した言葉。母は小学生のときに被爆し 現在の市立図書館の場所にあった旧新興善小学校に通学していました。ここは 被爆直後から原爆で重症を負った人たちの救護所として使われていて 数年間 小学校校舎は 校舎として使うことができず 寺町の寺院で青空教室の授業が行われていたそう。6年生になり 生徒たちを校舎で学ばせ卒業させたいという保護者たちの要望により 6年生時だけ特別に救護所の一角を使わせてもらえるようになる。母たち生徒は 教室や運動場を使うことができ大喜び。非常時においても 子どもたちにとっては 学校はたのしい場所以外の何ものでもなかった。被爆後に生まれ 悲惨な状況を写真や資料でしか知らないわたしたちにとっても 救護所を再現したこの<救護所メモリアル>や<原爆平和祈念館>は 正直とても重たい気持ちになる場所ではあるのだけど 母たちにとっては この仕切りの壁すら郷愁を帯びたものであることが ちょっと衝撃。子どもというのは いつの時代にも 明るい光を放ち きっと戦後の厳しい状況の中にあっても 大人たちの希望だったのだろうと 当時を思う。

国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館において『「原爆と救護」-新興善救護所より-』が開催中。初公開の貴重な資料が並びます。この機会に平和祈念館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

『「原爆と救護」-新興善救護所より-』
~2018年12月25日(火)
国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館 地下2階 遺影・手記閲覧室
入場無料

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